【福岡校在校生】町田ひろ子アカデミーとの出会い

こんにちは。町田ひろ子アカデミー福岡校専門科研究課程2年の北村です。

私は、昨年公務員を定年退職してから、本学に入学させて頂きました。
あこがれの、町田ひろ子アカデミーの生徒でいることが、今でも信じられないくらいです。

町田ひろ子アカデミー 福岡校 ブログ1982年春号「ふたりの部屋」掲載(生徒募集広告)

私が、町田ひろ子アカデミーを知ったのは、もう40年近く前のことです。

「ふたりの部屋」という雑誌に(現在も発売されている「プラスワン リビング」の前身)度々、町田校長の記事が掲載されていました。

当時の私は、インテリアという言葉の意味は、きれいに模様替えをすることかな、という位の認識で、雑誌に掲載されている、素敵な写真を眺めては、いつか、こんな部屋に住みたいと思っていました。

インテリアコーディネーターという職業があると知ったのは、町田ひろ子アカデミーの生徒募集の広告で、何て素敵な仕事があるのだろうと、思いました。

これは、1982年春号の、ふたりの部屋に掲載されていた、町田ひろ子アカデミーの生徒募集の広告です。

インテリアコーディネーター養成科と、インテリア国際ジャーナリストコースがあります。
インテリア国際ジャーナリストコースは、インテリア技術と英会話をマスターし国際的に活躍できる人材を育成します、と、説明しています。

町田校長は、雑誌で度々、インテリアコーディネーターの仕事について書かれています。

その記事の中で、この仕事は、生活に密着していて、女性に適している。
接客業が嫌いな人には向かないが、それ以外の女性なら、どんな人にでも門戸が開かれている、と書かれていたのを、今でも覚えています。

町田ひろ子アカデミー 福岡校 ブログ1985年1月号「ふたりの部屋」掲載

この切り抜きは、1985年1月号に掲載されていた記事です。

第1回のインテリアコーディネーター資格試験が終わって、資格についての特集ページの中で、町田校長が、インテリアコーディネーターの仕事内容の紹介と、どのような知識が必要かについて書かれています。今、読み返しても、内容が古びていなくて、驚きます。

ちなみに、第1回の資格試験は、4760人が受験し、合格率は14.8%。試験内容が比較的むずかしく、第1回目の試験であるため現場経験者に有利であった、とインテリア産業協会から発表されています。

インテリアは、それ以降も趣味として、自宅をいかに居心地よくするか、あれこれ手を加え続けています。
ふたりの部屋は、創刊号は買いそびれましたが、2号から、最後の号まで、今も手元にあります。

私は、退職を前にして、自分が何をしたいのかと考えた時、若い時から憧れていたアカデミーに行こうと、一番に考えました。
入学説明会で、町田校長にお会いした時、まさかお会いできる日が来るとは思っていなかったので、只々、見つめて、この方が…と言葉にならないものがありました。本当に、お会いすることができ、言葉をかけていただき、とても嬉しかったです。

町田ひろ子アカデミー 福岡校 ブログ1988年出版 町田ひろ子著

その時、1988年に出版された町田先生の本に、30年前の私に、とお願いして、本の見開きにサインして頂きました。一生の宝です。
憧れのアカデミーでしたが、入学してからは、課題が思うようにできなくて、正直言って、苦労しています。
それでも、先生や、クラスメイトに助けられて、少しずつ進歩しているのが、自分でもわかります
卒業も、視野に入ってくるようになりました。
卒業課題が最後だと思うと、とても嬉しい半面、2年間共に学んだ、クラスメイトと別れるのは、とても寂しいという気持ちがあります。

町田ひろ子アカデミー 福岡校 ブログ2018/11/21授業でのプレゼン風景

今は、公開プレゼンテーションに向けて、最終準備に追われる日々です。若いクラスメイトと一緒に課題に取り組むことができ、貴重な経験でした。
本番を思うと、ドキドキしますが、頑張りたいと思います。

卒業後は、自宅のリフォームにとりかかります。これまでに学んだ事、ショールーム訪問で得た知識を生かしながら、プランを考える時間が、今、一番楽しみな時間です。
2年前からお願いしている工務店には、町田ひろ子アカデミーで学んでから、と話しているので、相談しながら理想の我が家を作りあげたいと思っています。

福岡校 専門科研究課程2年 北村

 町田ひろ子アカデミー 福岡校 公開プレゼンテーション

12/7(金)福岡校
「町田ひろ子インテリアセミナー&企業公開プレゼンテーション」

(参加無料)

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